マレーシア国は、面積が約33万平方キロメートル(日本の約0.9倍)、人口が約3,200万人(2016年マレーシア統計局)、民族としてはマレー系(約67%)、中国系(約25%)、インド系(約7%)という構成になっており、言語はマレー語(国語)、中国語、タミール語、英語等が話されています。宗教も多様であり、イスラム教(連邦の宗教)(61%)、仏教(20%)、儒教・道教(1.0%)、ヒンドゥー教(6.0%)、キリスト教(9.0%)となっており、文字どおり、多民族・多文化・多宗教が共存する非常に興味深い国家と言えるでしょう。
1.統治体制
マレーシア国には全部で14州があります。うち12州はマレー半島側にあり、他は海を跨いでサバ州・サラワク州の2つの州があります。これら14州は最高法である連邦憲法により支配されています。マレーシア国は立憲君主制であり、議会制民主主義を採用しています。

マレーシア国には国王がいますが、国王の地位は憲法によって規定されています。YANG DI PERTUAN AGONGが現在の国王です。マレーシア国王は象徴的に君臨しますが、政治的な支配はしないことになっています。マレーシア国王の特徴としては、国王は、スルタンのいる9州により、5年ごとに、いわば持ち回り制のように交代で選定されていることです。
憲法上、国王は、政府の3つの権力(議会・政府・司法)にあるとされ、例えば、議会から選ばれた首相を任命すると共に、その他大臣、司法長官等を任命します。また、国王は、控訴審裁判所(Court of Appeal)所長、高等裁判所(Appeal Court)裁判長等を任命するほか、最高裁のすべての裁判官を任命するとされます。
各州には州憲法が存在しますが、すべての州憲法は、連邦憲法に従わなければなりません。裁判制度という観点では、州裁判所という独自の組織ではなく、連邦裁判所に統一されており、この他、後の述べるムスリム法廷が存在します。
議会は上院と下院から構成されており、議会選挙は5年ごとに行われます。マレーシア国には多くの政党が存在し、本年5月の選挙では、これら政党が大きく分けて2つのグループに分かれました。1つはナジム首相が率いる統一マレー国民組織 (UMNO)、もう1つは、マハティール元首相が率いる野党連合・希望連盟(PH)でしたが、マス・メディアの予想に反して、希望連盟が歴史的勝利を実現しました。1957年の独立以来、初の政権交代が実現することになりました。
2.議会等
立法作用は、連邦議会と州議会に与えられています。各州には、州議会が存在して立法活動を行っていますが、もちろん、これらは州憲法と連邦憲法の範囲内で行われるに過ぎません。

ところで、法律の種類としては、次の4つがあります。基礎法(Principle Act)、修正法(Amendment Act)、改正(Revised Act)、接合法(Consolidated Act)、があって、連邦議会がこれら立法行為をおこなっています。なお、接合法という概念は聴き慣れませんが、既に2つの法律が存在していて、実質的には対象が同一である場合に、当該2つの法律を1つに纏め直した法律のことをいいます。
連邦議会は、下院と上院により構成される二院制を採用しています。上院は70議席、任期3年ですが、そのうち44名は国王が任命し、他の26名は州議会が指名します。他方、下院は222議席あり、任期5年。直接選挙(小選挙区制)で選ばれます。
法案は、まず下院で審議され、可決されると上院で審議され、上院でも可決されると議会で承認されたことになり、最終的に、王が同意して法律として成立します。上院と下院が存在するのは、抑制と均衡を目的としたものです。
法案は、主として、当該事項に関して責任を有する大臣が提案して、連邦議会に提出します。法案が連邦議会の下院に提出されると、まず、第一読会(First reading)を行い、次に第二読会(Second reading)を行い、その後、委員会審議の段階(Committee stage)を経て、さらにその後、第三読会(third reading)を行って最終的に採決します 。下院で可決されると、次に上院に送られて、同様のプロセスで審議されます。上院でも可決されると、法案は下院に戻されて、下院から国王に送られ、30日以内に、国王が法案に同意してシールすることにより法律として成立し、公布される。通常は、官報に掲載して行われます。
2.司法組織
マレーシア国の法制度は、コモンローと制定法の両方であると云われます。マレーシア国の最高法としては連邦憲法があり、連邦憲法に基づいて連邦法が制定されます。すべて下級法や州法を制定することはできますが、あくまで、連邦憲法の枠内で許されるに過ぎません。これに反すると、裁判所に違憲訴訟を起こされることになります(下記の最高裁判事等の任期延長違憲訴訟を参照)。
コモンロー法制をとっていると云われますが、一部のコモンロー法制国のような議会優位主義は、マレーシア国では採用されていません。その意味で、英国におけるコモンロー法制とは異なります。コモンロー法制国では議会が憲法に優位することがありますが、マレーシア国の場合は、連邦憲法が常に議会に優先すると理解されています。いうまでもなく、議会だけではなく、行政や司法も、憲法の下にあります。
例えば、最高裁裁判官や控訴審裁判官の任期の延長に関しては、マレーシア弁護士会は憲法に違反するものとして、裁判所に違憲訴訟を提起しています(係属中)。連邦憲法によれば、これら退官年齢は66歳と6か月と規定されていますが、これをさらに2年間延長するような法律は、憲法に違反します。
司法も、抑制と均衡を目的とした権力分立制度の一角を担っています。裁判所は、州法と連邦法を適用する。最高裁判所は、連邦最高裁判所であり、その下に控訴審裁判所(Court of Appeal)があり、その下には、2つの高等裁判所(Appeal Court)がある。2つの意味は、マレー半島の高等裁判所と、サバ州・サラワク州の高等裁判所があるということです。高等裁判所の下には下級裁判所があって、各州に一般裁判所(Sessions Court )と治安裁判所(Magistrate Court )があります。

他方、マレーシアには、通常の裁判所とは異なる特別法廷も存在します。国王も、マレーシア国の連邦憲法が規定する特別裁判所に服することになります。その他、特別法廷との表現が正しいかどうかはさておき、マレーシア国には少年法廷も存在します。少年は可塑性に富み、保護されなければならないからです。非行少年は死刑の場合を除いて少年法廷で審理されます。
マレーシア国の司法制度の中で最も特徴的なことは、ムスリムのみを対象としたシャリア法廷(Sharia Court)が存在することでしょう。これも憲法に根拠があり、ムスリムのみに適用されるのが特徴になります。日本国とは異なり、マレーシア国は多文化・多民族国家であり、その最大の人口は多くがムスリムであるマレー人により占められていますので、このようなムスリム固有のシャリア法廷も存在します。
シャリア法廷は各州が設置しています。連邦憲法は、連邦事項と州事項に関するリストを提供していますが、シャリア法廷については州事項であると規定されています。シャリア法廷は、ムスリムだけのものであって、非ムスリム市民には適用されません。シャリア法廷も、三審制をとっています。つまり、シャリア下級裁判所(Syariah Lower Court)、シャリア高等裁判所(Syariah High Court)、シャリア控訴審裁判所(Syariah Appeal Court)があります。ただ、シャリア控訴審裁判所は、連邦シャリア裁判所(Federal Syariah Court)という位置づけになっています。他方、シャリア最高裁判所というのは存在しません。
素朴な疑問として、例えば夫婦の一方がムスリムの場合に離婚する時は、どうなるのかとの疑問もあるかもしれません。ただ、マレーシア国では、ムスリムはムスリムと結婚することになっており、夫婦の一方がムスリムでない場合、ムスリムに改宗しないと結婚できないので、そのような問題はあまり起こらないと云われます。
もっとも、最近の最高裁事件では、夫婦が結婚したときはヒンドゥー教徒だったのが、その後、夫だけがイスラム教に改宗してムスリムになった。そして、彼は、自分の子供もイスラム教に改宗させた。その後、夫婦が離婚することになったが、その場合は、どちらの法廷に行くべきかが議論されました。この場合、一般の民事法廷に行くべきなのか、それとも、シャリア法廷に行くべきなのか。また、そもそも子供は、親の一方だけが同意して、他方の親が同意してないのに、改宗することができるのかが審理されました。連邦最高裁は、そもそも、子どもの改宗には、夫婦の一方だけの同意ではできず、他方の同意も必要となる、特に、当初はムスリムでない子供をムスリムに改宗させる場合には、両方の親の同意が必要である、と判示しました。そしてこの場合、民事法廷で審理されるべきことを判示したのです。